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編集部だより 連休明けのあの症状について… 2012/05/11 10:52 am

 みなさんGWはいかがお過ごしでしたでしょうか。私は社会人になって初めて家族全員で旅行にいって、両親の還暦祝いをしてきました。
 そんなGWも終わり、新生活を迎えられた方の中には五月病に悩まされている方もいるかもしれませんね。
 五月病というのはもちろん正式な病名ではなく、特に決まった定義や概念があるわけではありません。
 ただ、新しい環境で、期待と緊張で張り詰めた期間を過ごした後、長い連休を挟むことによって身体的にも精神的にもバランスを崩しやすくなってしまう、というのが一般的な五月病の認識ではないでしょうか。
 私自身は、振り返って考えますと幸か不幸か、変なのかずぼらなのかわかりませんが五月病になった経験がありません。ひょっとしたら、環境に適応できなくて悩んでいた時分もあったかもしれませんが、記憶に残っていないので多分そんなに悩んでいなかったのでしょう。
 そんな五月病ですが、こうすると改善されるという例がいくつかあるようです。

・会話をする
・氣分転換をする
・生活のリズムを取り戻す
・新たな目標や楽しみを作る

 一つでもできると、ちょっとずつ改善に向かっていくのではないでしょうか。その中でも氣分転換は何においても大事ですよね。
 仕事や学校とは関係ない楽しみを見つけることによって、頭から仕事や学校のことを追い出す時間作りをする。
大事、大事。
例えばそうですね、どんな氣分転換がありますかねぇ…
そうだ、例えば「まなびのめ」を読むとか、
普段行かない、「学び」イベントに行ってみるとか、
その感想を普段なら残さないけど、参加体験記を書いて投稿してみるとか、
いやぁ、「まなびのめ」を使ってたくさんの氣分転換ができるではないですか。
…これ以上は宣伝がクドくなってくるのでやめておきます、ハイ。

 ともあれ、氣分転換にしても、新しいことをやってみるにしても、そのきっかけに「まなびのめ」が使われることがあったとしたら、編集部としてこれ以上の幸せはありません。
 
「まなびのめ」編集部 菅野保広

編集部だより ことばの『シルエット・ロマンス』考 2012/04/24 10:15 am

 「桃」の色目の第16号が巷に出回っている頃かと思う。さまざまな「学び」の芽をここから見つけ育んでいただけると嬉しい。

 さて、その裏表紙を見ていただくと次号テーマは「ことばに学ぶ」となっている。「ことば」についてはかねてから一つの思いがあった。何百年もの時代を経て現代にまで生き残って息づいている言葉がある、ということについてである。その日頃の思いをカタチにしてみたくて、今年初頭、どのような言葉がどれだけあるのか調べてみようと思い立った。どうせやるなら思いきり古いところをやろうと思い、ノートを取りながら『万葉集』の通読を実行した。その調査の中で最初に記した言葉は「束の間(つかのあひだ、つかのま)」という言葉で、真っ先に思い浮かんだのが『シルエット・ロマンス』であった。

 『シルエット・ロマンス』は来生えつこ作詞・来生たかお作曲、1981年11月に大橋純子氏の歌唱によって発表され、氏の代表曲となった。ここに「束の間」が出て来る。ある日このことを考えていて大変な驚きに打たれた。この時改めて歌詞の最初からなぞっていたのであるが、「束の間」のみならず、それまで紐解いてきた万葉の言葉が次から次へと出て来るからである。

 それでは歌詞を思い起こしながら以下をご覧いただきたい。なお底本は、岩波文庫 佐佐木信綱 編『新訂 新訓 万葉集』上下二巻を用いている。「原文を、現在普通の、漢字と仮名を交える体に書き改めた」(「凡例」より)ことが本書の特徴である。ルビは( )の中に表記し、作者名などは歌の次に(作者名・巻数・歌番号)の順で示した。
 
*    *    *



【 恋 (戀) 】
  むらさきのにほへる妹を憎くあらば人づまゆゑに吾(われ)戀(こ)ひめやも
(大海人皇子・巻一・21)

 一番は「恋」から始まる。今回通読してみて判ったが、「恋」は万葉中最も多く出て来る言葉であろう。数え上げたらキリがない。恋は昔も今も人間の最大の関心事なのである。

【 女 】
  秋野には今こそ行かめもののふの男(をとこ)女(をみな)の花にほひ見に
(大伴宿袮家持・巻二十・4317)

 万葉では他に「丁女」を「をみな」と読ませている。「女郎花(をみなへし)」という語が14首において出て来るが、この花に「女郎花」という字が当てられたのはずっと時代が下ってからで、もともと「女郎花」と書かれているものは一首も無く、「娘子部四」「佳人部為」などと表記されている。平安時代に撥音便化され「をんな」となった。「をみな」は万葉の女性の若々しさ、ふくよかさを表した柔らかないい言葉である。

【 夢 】
  相思はず君はあるらしぬばたまの夢(いめ)にも見えずうけひて寝(ぬ)れど
(詠み人知らず・巻十一・2589)

 ルビにあるように、この時代には「いめ」と発音されていたらしい。人の目があったり、噂を立てられたりするので、なかなかおおっぴらに思い人に逢えなかったようである。だから、せめて夢にでも逢いたい、あるいは、逢いたさのあまり夢にまで出てきた、という歌が非常に多い。

【 いつも 】
 わが門(かづ)の五本柳(いつもとやなぎ)いつもいつも母(おも)が戀ひすすなりましつしも
(矢作部眞長・巻二十・4386)

  「河上(かはかみ)のいつ藻(も)の花のいつもいつも」(巻四・491)とも歌われている。なお、広辞苑の「いつ藻」の項に「イツは繁茂の意」とある。

【 束の間 】
  大名兒(おほなこ)彼方(おちかた)野邊に刈る草の束(つか)の間(あいだ)も吾(われ)忘れめや
(草壁皇子・巻二・110)

  夏野ゆく牡鹿(をじか)の角(つの)の束(つか)の間(ま)も妹が心を忘れて思(おも)へや
(柿本人麻呂・巻四・502)

  くれなゐの浅葉(あさは)の野らに刈る草の束(つか)の間(あいだ)も吾(わ)を忘らすな
(詠み人知らず・巻十一・2763)

 (一束ほどのみじかい間の意)ちょっとの間。しばらく(広辞苑)。「一束」は指4本分の量を言う。「かやをひと束刈ってしまうほんの短い間」ということになる。片手で掴んで束ねて鎌を当てればそれが「一束」になるのだから、まさにアッという間の出来ごとには違いない。大橋氏やたかお氏によって「束の間の」と囁かれると、いかにも大人の恋のムードが漂う。

【 鏡 】
  まそ鏡磨(と)ぎし心をゆるしては後にいふとも験(しるし)あらめやも
(大伴坂上郎女・巻四・673)

 大半が「まそ鏡」という枕詞として用いられている。

【 色 】
  こいまろび戀ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝顔の花
(詠み人知らず・巻十・2274)

 この言葉の登場回数も多い。いかに恋わずらおうともはっきりと顔色には出すまいとする忍耐、あるいは、よもや顔色に出るのではあるまいか、という不安を抱くのがこの時代の心情のひとつであったようだ。ちなみに、万葉時代の朝顔は、現代では桔梗に同定されている。

【 並べて 】
  秋風は冷(すず)しくなりぬ馬並(な)めていざ野に行かな萩の花見に
(詠み人知らず・巻十・2103)

 
【 うれい(患) 】
  右は、大伴宿袮家持、聟南の右大臣の家の藤原二郎(なかちこ)が
  慈母を喪(うしな)へる患を弔(とぶら)へるなり。五月二十七日
(巻十九・4216・左注)

 他に、病氣に罹(かか)ってしまうこと、そしてそれによって苦しい思いをしている様の表現に用いられている。

【 顔(貌) 】
  多胡(たこ)の嶺(ね)に寄綱(よせつな)延(は)へて寄すれどもあにくやしづしその顔よきに
(詠み人知らず・巻十四・3411)

【 装う 】
  やまぶきの立ちよそひたる山清水(しみず)汲(く)みに行かめど道の知らなく
(高市皇子・巻二・158)

  難波津に装(よそ)ひ装(よそ)ひて今日の日や出でて罷(まか)らむ見る母なしに
(丸子連多麻呂・巻二十・4330)

【 茜(あかね) 】
  あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖(そで)振る
(額田王・巻一・20)

 この歌に答えたのが冒頭の大海人皇子の歌で、ともに古文の教科書などでお馴染みの歌である。

【 染め 】
  我が衣(ころも)色服(いろぎぬ)に染(し)めむ味酒(うまさけ)を三室(みむろ)の山はもみちせりけり
(柿本人麻呂歌集・巻七・1094)

 「染」に「し」とルビが振ってあるので、古くは「し」音だったのであろう。


 二番に入ると次の二つの言葉が出て来る。

【 声(聲) 】
  ほととぎす汝(な)が初聲は吾にもが五月(さつき)の玉に交(まじ)へて貫(ぬ)かむ
(詠み人知らず・巻十・1939)

 鳥の声、花の開花は現代以上に切実に待ちわびるものだったであろう。

【 重なり 】
  立易(たちかは)り月重なりてあはねども眞實(さね)忘らえず面影にして
(田邊福麻呂歌集・巻九・1794)

 
*    *    *


 えつこ氏が万葉集を念頭に置いて作詞されたのかどうか定かではないが、果たしてこれを偶然と呼ぶべきか、はたまた蓋然(がいぜん)と呼ぶべきなのか。いずれにしても、万葉の言葉が現代に生きていることだけは事実のようである。

「まなびのめ」編集部 佐藤 曜

編集部だより 時季(とき)はめぐり・・・ 2012/04/10 10:39 am

 4月5日、「まなびのめ」紙版第16号が発行されました。もうご覧いただいてますでしょうか? 季刊で16号ですので、四季も4巡目の最後ということになります。これも偏に、読者のみなさま、研究者のみなさま双方より、ご好評の声をたくさんいただけているおかげです。ありがとうございます。

 第16号「学びの庭におじゃまします」のテーマは「生きものに学ぶ」。編集部では、「生きものに学ぶ」といえばやっぱり、ということで、大学の研究者ではないけれど、教育・研究の役割も担う「動物園」の方から話を聴きたい、と考えました。

 依頼したところインタビューはご快諾いただき、約束の日程で八木山動物公園へ。私たちを迎えてくださった遠藤源一郎園長と釜谷大輔普及調整係長(獣医師)は、「いやあ、研究者ではないからなあ。でも研究的な話だったら、釜谷さんからの方がいいな」「いやいや、やはり動物園の役割などの話だったら園長から」と、ともに譲り合う謙虚なお二人。

 当初は従来どおり登場者はどちらかお一人のつもりで、インタビューを開始しましたが、お二人のお話が、どちらもなかなかに興味をそそるもので、一方には決めかねる、そうだ! いっそ二人に登場していただこう、と今回は二人で1編の記事という初めての体裁になったのでした。実際に記事になってみて読むと、この選択は間違いなかった、と確信します。読者のみなさまはいかがでしょうか?

 一方、もう1編の登場者、東北学院大学の松尾行雄先生は、実はテーマ選定の編集会議で「松尾先生がいたからこのテーマに決めた」といっても過言ではない経緯で取材依頼をすることにした先生で、まさしく「生きものに学ぶ」研究者でした。お話も丁寧にわかりやすく解説してくださり、今回もその道の専門研究者から特別講義をしていただけた役得感を大いに味わいました。紙面・字数の都合で、お聴きした内容を全て掲載はできませんが、私が感じた「おもしろさ」は充分記事に表現されていると思います。

 さて、全くの私事ですが、今回の取材で感慨深いのは、「学びの庭」記事にとうとう自分より若い方が登場した、ということであります(あ、偶然ですが松尾先生と釜谷さんは同い年ですね。ちなみに私が生まれたのはメキシコ五輪開催の年)。それだけ「まなびのめ」も長く続いてきた、ということでもあるし、(比較的)若手研究者も身近でがんばっている、ということでもあるのだ(決して単に自分が齢をとったからじゃあない)、と納得しております。

 これからも「まなびのめ」では、読者のみなさまに「こういう研究の話もあるのか」「研究が自分たちの暮らしにこうつながっていたのか」等々、遠いようで意外と身近な研究者の話を、おもしろく読んでいただけるよう努めて参ります。各大学の学生さんから「うちのこの先生の話をぜひ聴いて!」というような熱烈な推薦なんかもあったら嬉しいなあ、と思っています。その際はどうぞ編集部までお知らせください。
 それでは、また。

「まなびのめ」編集部 川又進

編集部だより 「研究」はだれにでもできる!? 2012/03/27 2:21 pm

 市民読書会や哲学カフェに参加していると、しばしばこのようなことを言われたりします。

 「みなさんのように勉強できないから…」
 「専門的な知識をもっていないから…」

 おそらく研究者は、一般的に、「頭がいい」とイメージされているのではないかと思います。実際に、研究者とお話してみると、「頭の回転がはやいなぁ…」とか「自分の知らないことをいっぱい知っているなぁ」と感じるかもしれません。また、優れた研究成果を多く出している大学と大学入試の指標となる偏差値の高低は、なにか関係があるようにも見えます。

 しかしながら、「研究=頭のいい人にしかできないこと」ではない、と思います。

 もちろん頭の回転がはやかったり、記憶力が高かったり、語学ができたりすることでやれる研究の可能性は広がります。しかし、それよりも必要なのは「ひとつのことを考え続けること」だと思います。自分の氣になること、疑問に感じていることをずーっと考えたり、そのことに関する本を読んだりし続ける。そうした持続力が、研究を支えています。10年、20年と同じ問題に関心をもってとりくむことは非常に体力と執着心を必要としますが、それだけ続けられればもうその道の専門家になっているハズです(コレクターやマニア、オタクに通じるものもありますね)。

 予備校時代の先生がこういうお話をしてくれたことを今でも覚えています。

 英語の成績が非常に悪い同級生がいたそうです。その同級生は、冠詞("a"とか"the"、ですね)が理解出来ず、ずっと「"a"ってなんだ?」と言っていたそうです。その後、その英語の成績が悪かった同級生は、英文法の研究者になった、ということです。

 何事も「継続は力なり」です、と言ってしまえばそれまでなのですが、だからこそ「研究」はだれにでもできるものであると思います。身近な疑問やひっかかりをきっかけに、「研究」の道に踏み入れてみてはいかがでしょうか?

「まなびのめ」編集部 寺田征也

編集部だより あなたはセルフ派? それとも対面派? 2012/03/13 10:10 am

 読者のみなさんは風邪の心配は無くなりましたか?
例年の「寒さ」とは違う「極寒」と呼ぶにふさわしいあの「寒さ」はようやく幕引きですかね?
アンコールはちょっと遠慮したいです……。

 車を運転していると氣付かされることも多々あります。
 寒さも多少は関わりがあるのかなぁと考えたりもしますが、先日、対向車が3台! 立て続けに片目(ライトが片方切れている状態)で通過したことがありました。バックミラーも視野に入れて運転するハズなので、本人達も後続の車については「おやっ?」と氣付くことでしょう。 ところが自分は大丈夫! と思ってしまいませんか? どうしてこんなに片目が多いの? 思い返してみても実に多いんですよ。(私だけ特別に出会うのでしょうか?)
 私が思うに、最近のガソリンスタンド事情が影響しているのではないでしょうかね? 皆さんはセルフで給油されますか? それとも昔ながらの対面式というか会話も楽しみながらスタンドで店員さんに入れてもらいますか?
 私はどちらも利用しますが……結局セルフの所でもお店の方をつかまえて会話をしてしまい、同乗者にせつかれたりします。
 当然人と接することが苦手という方ももちろん居ますから一概には云えませんが、20代など若者たちは会話する事が煩わしい? 面倒? (若者に限らずですが……)「サッスッスッー」とスタンドに滑り込み、カードで操作をすませ、「ダァーーー」とガソリンを送り込み「カチッ! パタン」そして「ブオォーーン」と走り去る。なんと慌ただしく、つまらない世の中になりました。
 その辺りから考えてみるとスタンドのサービスの一環で窓を拭いたり、ブレーキの効き具合と足回りのチェック、そしてライトの点灯など、給油のときに当たり前のようにされていた点検が今はされず自分でそれをしているかと云えば、ほぼ皆無に等しいのでは? せいぜいやっても車検のときぐらいでしょう。
 車好きの人ならせっせと磨きをかけて点検も怠らないでしょうが、そんな人ばかりではありませんからね。
 その辺が「片目」が増えている要因の一つかもしれませんよね? (GSの皆さん、改めてありがとう。)
 何でも便利になってスピードアップや時間短縮が当たり前、そのスピードに乗れない弱者やお年寄り(あえてそう呼ばせてもらいますが)はおいてけぼり? 優しさや人を氣遣うことなど忘れてしまったかのようです。
 全ての人がそうなってしまった訳ではありませんが、昔の日本を懐かしんだりすると、ちょっと残念な氣持ちになる事が最近はよくあるかなぁ。

 そんな事を考えながら「まなびのめ」編集部に籍を置く私も読者の方々と上手く会話出来ているのかしら……?!
○ ○様 「まなびのめ」クイズにご応募ありがとうございます。残念ながら今回は当選には至りませんでした。また次号も挑戦してくださいね……残念でしたねと、3ヶ月に一度ペンを走らせている私です。
 おかげさまでクイズの応募も順調に増えております。なかなか当らないかもしれませんが、永くお付き合いいただいて……楽しみながら挑戦していただくのがいいでしょうね(微笑)

 皆さん氣付いてないかもしれませんが、編集部宛のファンレターも受け付けています。どうぞよろしく!

「まなびのめ」編集部 遠藤洋子

編集部だより 皆様に支えられて 2012/02/23 8:09 am

 「まなびのめ」紙版を宮城県内の文化施設や研究施設に設置させていただいております。
 私は直接設置に出向く数少ない編集部員なので、読者の皆様からの反応を生で感じることが出来ます。
 「いつもごくろうさま」
 「ラックに置いて宣伝しますね」
 「今号は季節柄いい色ですね」
 読者の皆様からの反応はもちろんですが、発行のたびに紙版設置にご協力いただいている施設の方々の反応も、とても参考になることばかりです。「まなびのめ」に関わっていただいている皆様に感謝し、次号の編集をすすめさせていただきます。

「まなびのめ」編集部 菅野耕平

編集部だより 新年 明けまして。 2012/01/18 1:27 pm

 新年 明けましておめでとうございます。

 私は「まなびのめ」の製作に第5号から関わっているのですが、月日が流れるのは早いもので今回で第15号の発刊となりました。
 こうしてここまで発刊できましたのも、ひとえに皆さま方のご愛顧のおかげと感謝しております。

 「まなびのめ」として昨年を振り返ってみますと、“新しい土地へ種を蒔く”活動でもあり、“いままで蒔いた種から芽が出てきた”のではないかと感じています。

 参加人数を前回より大幅に増やしての「まなびのめ」Live版の開催や、仙台哲学カフェラジオ出演、また「テイクワン」様のご協力により、仙台市内のスーパーなどで「まなびのめ」をみかけることも出来るようになりました。

 「まなびのめ」を毎回楽しみにしてくださる方やおたよりの数もだんだんと増え、「まなびのめ」Live版を通して研究者の方や参加者の方と直接触れ合うことも多くなりました。
 そのためか、近ごろ読者の皆さまとの距離がだんだんと身近になっているのを肌で感じております。

 もちろん、“芽が出てきた”ばかりではなく“実を結ぶ”こともあり、そんな時には編集部員一同で嬉しさを噛み締めております。

 そんなささやかな幸せを噛み締めながら、本年も「まなびのめ」のさらなる躍進と、皆さまのお役に立てますよう部員一同一丸となって頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

「まなびのめ」編集部 齋藤麻実

編集部だより 萩の月は好きですか? 2011/12/16 1:07 pm

 仙台名菓と言えば「萩の月」。美味しいですよね。私は大好きです。とろりとしたクリームを柔らかいスポンジで包んだあのお菓子の食感と味は……たまりません!
萩の月を食べていると、月の満ち欠けを思い出します。

 ところで2011年12月10日は、日本全国で皆既月食を観測できる日でした。寒空の中、外に出て眺めた方も多いのではないでしょうか。私も夜中になると、いそいそと厚着してベランダから外に出ました。三脚にカメラと望遠レンズをくっつけ、お茶を入れて準備万端。しばらくして気象庁の予測時刻前後まで待つと、なんと月が欠け始めました。
徐々に欠けていく月。思い出す萩の月。いや綺麗ですね。不思議ですね。

 月が見えなくなる寸前には、雲が増えて霞みだしてしまったのですが、ぎりぎり赤くなったところも見えました。

 写真はあまり上手に取れなかったので隠しておきますが、大満足の月見となりました。

 ………さて現実逃避はこれくらいに。師走なので「まなびのめ」も走っています。紙版発行に向けて走っています。次回の発行は年明け。皆さんお楽しみに。

「まなびのめ」編集部 伊藤秀平

編集部だより 根に生えた芽 2011/12/02 10:14 am

 就職を機に仙台に住み始め、もうすぐ丸2年が経ちます。以前帰省した際に、家族から「話し方が宮城の人っぽくなってきている」と言われました。宮城の訛りと言えば、某有名漫画の宇宙人の女の子キャラクターを彷彿とさせる「だっちゃ」に大層ニヤニヤしたものです。私の話し方のどこが「宮城の人っぽい」のかは分かりませんが、職場で毎日聞いている訛りが無意識のうちに自分の中に入ってきていたのかもしれません。もとからそれほど訛ってはいなかったものの、高校までは語尾だけは田舎っぺ丸出しでした。しかし大学時代に東北を主として北海道、関東、東海、近畿地方など多様な方言に直に触れて生活し、自分の訛りを完全に見失いました。いま、地元の訛りを聞いて懐かしく思うのは、普段聞く機会がないのはもちろん、自分自身が話していないからなのだと感じます。

 自分の訛りを見失ってからというもの、訛りや方言というものに興味が湧きました。これまでに方言が遂げてきた進化や衰退、また今後の在り方についてが近頃もっぱらの関心事です。
私はその地域に根付く独特の言い回しやイントネーションを指すものを方言と捉えているのですが、果たして自分がどの地域に属しているのかと考えるとその答えは案外難しいように思われます。私のように、生まれ育った土地とは別の土地に住みつく人が少なくはないですし、テレビやラジオ、インターネット、本や雑誌などで全国各地の方言が飛び交っています。かつて「狭く深く」だった方言が「広く浅く」になっているという印象です。

 「まなびのめ」編集部員になってから、このような「ちょっと氣になること」が学びの芽なのだと思うようになりました。編集部の権限を利用して、いつか方言についても取り上げてもらえるようにテーマ選定に食らい付いていく所存です。これからの「まなびのめ」もお楽しみに!

「まなびのめ」編集部 三上志穂

編集部だより 「使える」を伝える 2011/11/18 2:38 pm

——————2011年11月5日(土)
 ついにこの日がやってきました。
 昨年の第1回「まなびのめ」Live版から一年半という期間が過ぎ、第2回「まなびのめ」Live版『使えるんです!大学図書館 東北大学で学び方を学ぶ』を開催しました。
 前回のLive版では定員が15名だったのに対し、今回は大幅増員の50名。
企画立案時、50名集まらなかったらどうしよう、という不安が全くなかったといえば、嘘になります。
 今回のLive版のテーマ、ターゲット、タイトル、キャッチコピー、チラシデザイン等々前回にも増して編集部一同熟考を重ねました。
 その結果、応募締め切り前に満員御礼という形で応募を締め切らざるを得ないほど、集客することができました。
 応募したものの、締め切られたという読者の方にはこの場を借りて改めてお詫び申し上げます。
 今回のLive版の一番の目的は「市民の方でも東北大学附属図書館は利用できることを伝える」でした。Live版にきていただいた方々にはそれを伝えることができたと自負しておりますが、Live版が終わったから伝える使命が終わったわけではありません。
今後も「まなびのめ」を通し大学図書館が誰でも利用できることを伝え続けることをしていきます。

そう、「使えるんです!大学図書館」

Live版の詳細の様子は「まなびのめ」紙版第15号に掲載予定ですので、お楽しみに。

注記:大学それぞれによって利用方法が違いますので、利用したい大学図書館にお問合せの上ご利用いただきますようお願い申し上げます。

「まなびのめ」編集部 菅野保広

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